日記・エッセイ

「休む」時間の価値の転換。休み下手なわたしへ

『「今日はだらだらする」も立派な休息 連休明けに効く3つのハック術』(朝日新聞デジタル)を読んで

「だらだらする」「休む」という言葉には、どこか後ろめたさがつきまとう。このざわっとする罪悪感はどこからくるのだろうか。

「何もできなかった」と思うことが怖くて、何かをした自分でいたくて、予定を詰め込み過ぎてしまう。

きっと、効率や生産性が重視される社会で生き急ぐようにさせられているからである。

一見無駄に見える、目的や成果から離れた時間にこそ、人は和らげるのではないか。その時間の価値を見落として、先へ先へと急ぎ過ぎては疲れてしまう。

心と体、脳のエネルギーを回復するには、時間を消化するために、自分で自分が満たされる時間の過ごし方を決める。どんなに小さなことでもいい。映画をだらだら見るのも、目的もなくふらふら散歩してみるのも。

休みは「消化」するものではなくて、自分で選択して自分を満たすことのできる時間だ。

そういった、何もしないでただぼ〜っとする時間への価値にもっと目を向けていきたい。

参考文献

https://digital.asahi.com/articles/ASV9H3273V9HUTIL002M.html?iref=commentator_detail_article

 

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