Study 日記・エッセイ

【大学院】院試の合格発表を待っている間にやったこと

先月,国公立の大学院を受験したukaと申します。

合否発表までの3週間,試験勉強からの解放はあったものの,いまいち楽しみきれないのが正直なところ。

だって,結果によって今後の動きがかなり変わるのだもの!Netflixを観ているときだって,友だちと会って話しているときだって,頭の隅には,合否合否合否。。。

面接で上手く答えられなかったことが,頭の中を埋め尽くす。思わず,うわあああああと叫ぶ私。いつだって,どこだって,考えが止まりません。

にしても,どうしようもできない。漠然とした不安に苛まれるけれど,そんなときに何をやっていたかを記しておきたいと思います。

少しは、気が紛れるかも?

部屋の整理

整理整頓が苦手な私の部屋は、受験期により一層散らかっていました。「部屋の乱れは心の乱れ」というけれど、正直、受験の最中に、丁寧な暮らしなんて気にしていられない。

物や本、服が散乱していた(私は、場所を把握しています。)ため、頭をスッキリさせるために片づけることを決意。

お片付けといえば、こんまり先生!ってことで、「ときめき」だけを残すことを意識して、断捨離しました。

メイクと服の断捨離

友だちや先輩からもらったもの、自分で買ったけど合わなかったもの、などももったいなくて、捨てることができていませんでした。

捨てるなら今だ!と思い立ち、一気に「お別れするもの」「残すもの」に分ける作業に取りかかるはいいものの...

はじめのうちは、「いつか使うかも」「高かったしな...」など雑念が邪魔してくるのです。

しかし、時間が経つにつれて、「これは、自分の気持ちを癒やしてくれるな」「今の自分にとって大切にしたいと感じるな」「これを身につけると自信がつくんだよな」といった、愛着をより一層噛み締める方向へとうつっていきました。

断捨離っていうと、「いらないものを捨てる」となんだか冷たいイメージがありました。

しかし、ひとつひとつ手に取ってお別れする物にも、思いを馳せる行為は、疲れた私の心をじんわりとほぐし、いつの間にか過去の記憶に縛られていた自分から、解放させてくれました。

そのような儀式は、過去と向き合い、未来へと背中を押してくれる。まさに今の私に必要なことでした。

そして、自分の「好き」に対する感度が上がった気がします。なにもかも疲れて、お洒落するのも億劫だった私の心に、忘れていた「ときめき」を授けてくれた(大袈裟すぎ?)。

「自分が何にしあわせを感じるのか」、「何を欲してるのか」、わからなくなってしまったときこそ、自分の身の回りのものに目を向けてみるのもいいのかも

本棚の整理

一番厄介な、片付けが本棚の整理でした...

趣味の小説、エッセイ、雑誌、漫画だけではなく、大学の授業で使ったテキスト、文献も同じ本棚に収納していたので、ぐちゃぐちゃしていました。

ここで、こんまり先生のアドバイスである今の私の「ときめき」の感度を上げるために、お別れするものと、残すものにわけました。

一旦全ての本を出して、床に積み上げる作業は労力を使いますし、私の部屋の床はあっという間に、足の踏み場がない状態へと化しました。

おすすめの本の片付けの流れは、

簡単な流れ

  1. 一旦全て出す (床へ)
  2. カテゴリーごとに積み上げる(ジャンルでもいいし、著者、色で分けるのも楽しい)
  3. 空の本棚を見渡す・何をどのコーナーにするか考える
  4. 本を戻す

私の場合は、好きな著者コーナーと、「食」がテーマのコーナー(レシピ本も漫画も雑誌もエッセイもそこに置きました)、などを設置。

色も、大きさも、素材もばらばらだけど、それが今の私にとっての「ときめき」でした。

本棚を眺めてにんまりするのも、一つの楽しみになりました。

予定を強制的にいれる

受験前に、受験後私自身が燃え尽きることを予想していたので、やりたいことリストを作成しておりました。それを修正、加筆したりして、スケジュール帳にどんな小さなことも予定として書き込みました。実はこれが肝で、やりたいリストを作ったはいいものの、放置しがちなことも多いのでは?

実際の行動に移せるよう、あらかじめ予定を立てておきました。

それに沿って、とにかくどんな些細なことでもいいので、やりたいことをひたすらやります。(ほんとに一見しょーもないと思われそうなこともです)

例えば、クッキーを作って食べる、積ん読本をだらだらと読む(その日はそれしかしない)、銭湯に行く、漫画を一気読みする、刺繍する、誰かとランチ、散歩...といった心がほぐれ、ゆったりとした気持ちになれるようなことや、

blogを再開する、楽器を吹く、溜まっていたドラマを見返すといった、受験期でいったん離れていた、中断していたものにもとりかかりました!

まとめ

このように、無駄な抵抗ではありますが、現実から逃避したり、抗ったりしていました

合否を待つ時間の辛さは痛いほど、わかります。

毎日「院試 落ちた」「院試 面接 やらかした」で検索していました。

待っても待っても、合格発表日はまだ来ません。

早く知りたい気持ちと、でもまだ知りたくない気持ちで、自分がとても面倒くさい人間のような気がしてくるし、そんな自分が嫌にもなっていました。

でも、この院受験期間は、私に「わからないことに耐えること」の良さを教えてくれました。

「急がなくていい」「遠回り、寄り道を楽しもう」「色々悩み、もやもやする時間は決して無駄じゃない。むしろ、その寄り道は人生を豊かにする」「豊かっていうのは、自分を高めることだけじゃなくて、自分の人生の速度を掴み、自分が好きな自分でいることを肯定する居場所を自分で探しながら創っていくことだ」「もやもやを晴れさせようとすることこそ間違いだった」「もやもやと共に生きる道を考える」と自分の価値観が少しわかってきました。

このような価値観が明確になったのは、強制的に「わからないという状況」に自分が置かれたからです。(コロナ禍の不安な日々を思い出しもしました)

大学3、4年生の頃は、「とにかく早く、進路を決めて、自分の生きる道を決めないと。早く早く」「自分の市場価値を高めないと」と焦燥感に駆られることが多くありました

タイパとか、速決断、速行動、効率、生産性が求められる社会に、早く順応していかないと、社会からこぼれ落ちてしまう感覚

そんな社会、順応しつつある自分に恐怖を覚えると同時に辟易していたあの頃の私。

この受験期間は、悩みすぎてその場で足踏み状態な私を、優しく肯定してくれるプロセスでもありました。

同じような思いをしている方もきっと大丈夫です。もやもやすることでこそ「自分らしさ」の気づきにつながります。

でも、無理しすぎず。

疲れたら(いや、疲れる前でも)、なにもせずにただただぼ~っと天井を眺める日でもつくりましょ。

以上。
現在、祖父母の縁側でごろごろしているukaより。

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